浮世絵系美人画家/日本画家・伊東深水の後継弟子【大竹五洋】公式ホームページ
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日本画と玄冶店派

岩絵の愚と膠
大竹五洋・近影その場の雰囲気を人物ごと優しく包み込むように、繊細に表現する大竹五洋氏の美人画。皆さんはこの絵画がどのような技法で描かれているのだろうかと、不思議に思われたことはありませんか?
そもそも日本画とは、岩を砕いて作った岩絵の具と顔料を膠(にかわ)で溶いて、これを絵の具として利用する技法で描かれたものを言います。膠(にかわ)とは、動物性原料由来のコラーゲン・ゼラチン質のことで、絵の具を紙や絹に固定する接着剤の役割を果たします。それ故、日本画のことを別名「膠絵」と呼ぶ場合もあります。


スケッチから完成まで
大竹五洋氏が日本画を制作する過程をごく簡単にご紹介しましょう。まず矢立という道具を用いてスケッチを行います(矢立については「矢立とスケッチ」のページに詳しく書かれていますので、ご参照ください)。次にスケッチを基にして、下図(大まかな輪郭を描いた図のこと)を作ります。
その後、下図を念紙で、和紙を貼り付けたパネルに写し取ります。念紙はカーボン用紙のように使う、写しとる紙です。
ここまでの過程が終了したら墨で輪郭を描いたのち、下塗り作業を行います。この作業は絵全体の濃淡や微妙な色合いに影響を及ぼすもので、大変重要です。
下塗りが終わったら、絵の具を何度も塗り合わせます。多い時には、一つの作品に対して100回以上もの塗り合わせを行うこともあります。塗っては乾かし、また塗っては乾かすという作業を繰り返しますので、大変に根気のいる作業です。
ここまでが大竹五洋氏の日本画制作の過程ですが、スケッチを行ってから完成させるまでに2、3ヶ月もの時間を要します。そうして、ようやく皆様にご覧いただいているような、優美な作品が完成するのです。

浮世絵の流派「玄冶店」
大竹五洋氏の美人画は、美術史上で「玄治店派(げんやだなは)」と呼ばれる流れを汲んでいます。これは浮世絵の流れを汲む150年続く流派で、江戸後期の浮世絵師・歌川国芳が住んでいた土地の名に由来するものです(現在の日本橋人形町付近と伝えられています)。玄治店派の特徴は、これまでご紹介したような大変多くの工程を要するものの、非常に繊細かつ艶やかな表現が可能になるという点です。参考までに、歌川国芳から大竹五洋に至る玄治店派の系譜を下記に示しますのでご参照ください。
大竹五洋氏の作品を鑑賞していただく際に、その絵の中に、歴史に裏付けされた確固たる技法が駆使されているということをご理解いただけましたら幸いです。
(アート・コンシェルジュ 宙 辰岡)




浮世絵歌川派・国芳系

歌川派、および広重流の祖。

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この初代豊国の後、豊国の養子の豊重が二代目豊国を継いだ。
国貞は歌川派の実力者で、二代目豊国を名乗ったが、美術史上では三代目とされている。その後、国貞の養子・清太郎が豊国を継ぐが、激動の時代を乗り切れず、豊国の直系はここで絶える。

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1797〜1861年。国芳は、初めは国貞の人気に押されていたが、その後、武者絵で開花し、政治批判の戯画や、大胆な構図で天才ぶりをいかんなく発揮した。体全身にタトゥ(刺青)を入れることを流行らせたのも国芳の武者絵であった。
国芳は日本橋玄冶店(現在の人形町)に住んでいたため、国芳の系譜は「玄冶店派」と呼ばれることもある。また一門は、開港間もない横浜の錦絵を得意とした。

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1839〜1892年。月岡芳年は国芳門下で、幕末から明治にかけ活躍し、「最後の浮世絵師」とも言われている。劇画のような作風で、特に残酷的な作品がよく知られている。
明治5年に精神衰弱になるものの復帰したため、翌年より「大蘇」を名乗る。読売新聞等に挿絵を描いた。

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1866〜1908年。月岡芳年門下で、やまと新聞の挿絵を描いた。この水野年方以降、この流派は、奇抜な国芳、芳年から、正統派の日本画へと路線が変更される。

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1878〜1972年。やまと新聞の創業者を父に持つ鏑木清方は、水野年方門下として、風俗画等に江戸・東京文化を色濃く映し出した。京都の上村松園らと時を同じくして、古典芸術から美人画というジャンルを確立した。また随筆の才もあり、鎌倉の雪ノ下に住んでいた。
ちなみに春日八郎のヒット曲『お富さん』の題材となった『斬られ与三郎』の舞台は、日本橋玄冶店を鎌倉雪ノ下に置き換えた源氏店である。

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1898〜1972年。鏑木清方門下として、美人画というジャンルを完成させた伊東深水の功績は大きい。花柳界でも活躍し、自ら小唄も作っている。後年は北鎌倉に住み、大竹五洋氏はここで修行していた。この流派は江戸(特に日本橋付近)と鎌倉に所縁がある。

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鏑木方、伊東水と続く、「さんずい」の入った五の雅号を受けた、玄冶店派正統直系の浮世絵系日本画家。





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